人間の能力の盲点を突く
内容(「BOOK」データベースより)
サブリミナル効果などというものは存在しない。いくらモーツァルトを聴いても、あなたの頭は良くならない。レイプ被害者は、なぜ別人を監獄送りにしたのか?脳トレを続けても、ボケは防止できない。「えひめ丸」を沈没させた潜水艦の艦長は、目では船が見えていたのに、脳が船を見ていなかった。徹底的な追試実験が、脳科学の通説を覆す。
ちょっとタイトルが長くなりすぎるので、著者関連はこちらに書かせていただきます。クリストファー・チャブリス (著), ダニエル・シモンズ (著), 成毛 真 (解説), 木村 博江 (翻訳)です。
本書は章題についてを述べるというよりは、注意の錯覚が起こした事件・事象などを多数紹介し、解説する形である。章題の内容はその中の代表的な案件ということだ。
章題は以下の通り。
●はじめに『思い込みと錯覚の世界へようこそ』
思い込みと錯覚は、エッシャーの『無限階段』のような錯視だけでなく、どこにでも存在している。マスコミや政治家達に翻弄される市民は、多くの錯覚を起こされていたりする。本書を読むことで真の現実を知るかも知れない、という主張。
『一セントの節約は一セントの収入』という言葉は、わかっているようで言われてみないと実感出来ない錯覚面の的を射た言葉だ。我々は入ってくるお金と自分が持っているお金は別のように感じているという証拠である。
そんな
興味深い錯覚の世界へと誘う冒頭部。
●実験Ⅰ『えひめ丸はなぜ沈没したのか?――注意の錯覚』
白シャツを着た人のバスケットボールのパスの回数を数える『
http://www.youtube.com/watch?v=vJG698U2Mvo』のような動画を使い、
注意の錯覚を実感させてくれる章。
一つのことに注意することによって人がどれほど盲目的になっているかを実証している。また、注意の外(予定外の事態)に対して気づくことができるかどうかがこの章の焦点。我々にもよくある光景が車の運転中の携帯電話と言える。携帯電話で話し中の運転と普通の運転では、前方を見る目、ハンドルを切る手はほぼ変わっていないが、注意力は衰える。特に、予定外の事態(歩行者が飛び出してくる、など)の時には対応出来なくなることがより顕著である。
こういった見落としの他に聞き落としなども紹介される。
●実験Ⅱ『捏造された「ヒラリーの戦場体験」――記憶の錯覚』
前章では、『非注意による見落とし』だが、
この章では『変化の見落とし』『見落としを見落とす見落とし』といった風に、人間の記憶がいかに錯覚を起こしているかを述べている。映画の前後のシーンの矛盾を例に挙げ、人間が予期出来ない変化には弱いことを証明。
また『フラッシュバルブ記憶』という覚えていると錯覚しやすく、容易に取り出しやすい記憶についても書かれている。
この章を読むことで、二〇〇八年大統領選でヒラリー・クリントン氏が演説した内容がなぜ偽りの体験だったのか、を理解できる。
●実験Ⅲ『冤罪証言はこうして作られた――自信の錯覚』
ここでは、自信というものがどれだけ錯覚を起こすか、また自信が錯覚であるか、という点について述べている。
なかなか面白いな、と思ったのは『能力不足の無自覚』だ。自信があることと正確性は全く別の性質であるどころか、むしろ自信があればあるほど正確性は疑われる、という実験結果は身近でも実感することが多い気はする。
この章を読んで思ったことは、自信のある人を信じるという一般に根付いた常識は考え物である、ということ。
●実験Ⅳ『リーマンショックを招いた投資家の誤算――知識の錯覚』
研究者に限らず、我々一般市民でも知識の錯覚は起きている。
自信の錯覚の派生的ではあるが、我々は思っている以上に物事について無知である。本章にあるとおり、『計画以上に時間や経費がかかる』ということは、枚挙にいとまが無い。
また一方で、
情報化社会に対する警句を錯覚の科学として提唱している面もある。
●実験Ⅴ『俗説、デマゴーグ、そして陰謀論――原因の錯覚』
相関関係と因果関係の違いが焦点となる、原因の錯覚の章。『アイスクリームの消費量が多い日には、水難の割合が高い』という簡単な理論は、この原因の錯覚を理解する上で参考になった。最終的には原因の錯覚に3つの傾向をまとめている。
人間の脳はどれほど都合の良い解釈をしているのか理解できる章である。
●実験Ⅵ『自己啓発、サブリミナル効果のウソ――可能性の錯覚』
モーツァルトを聴けば、頭が良くなる。というモーツァルト効果の話から始まり、脳トレやチェスなどでの知育効果やサブリミナル効果、ゲームによる認知能力の向上、といったいろいろな実験結果について考えてみる章。読んでみれば分かるが、これらの実験によって論証することは非常に難しい。
錯覚というよりは、実験の限界について思い知らされるような内容だった。
自己啓発やサブリミナル効果はありえない!というような単純な内容ではない。
●おわりに『直感は信じられるのか?』
おわりに、
まとめとして直感は信じられるのか、という問題を説く。
最後に解説者、成毛 真氏による『脳トレ・ブームに騙されるな!』という記事がある。見出しよりも、本書を包括するような内容である。
全体として実証するデータが日本人(の文化)にも該当するかどうかはわからない感じはする。
特に謙遜することの多い日本人に実験Ⅲのような自信の錯覚の統計は当てにならないのではないか、という思いがある。
個人的には掴みこそ良かったが、徐々にだれてきたかなぁ、という印象。内容も「言われてみればそうだけど、だから何?」という気持ちになった。たしかに、深く研究されており、参考文献を挙げるだけでも数十ページも使うほどの濃い内容ではあるが、
結果だけを知りたい人には進みの重たいものかもしれない。
学術的であるが故に、読者を楽しませたり驚かせたりする要素は薄め。
とは言え、
専門書として捉えるならば、人間の錯覚についてこれほど深くまとめられたものはそうそうないはずだ。錯視ではなく錯覚についてであるのでお間違いのないよう。
評価:★★☆☆☆
「錯覚の科学」
[単行本]
著者:クリストファー・チャブリス,ダニエル・シモンズ
出版:文藝春秋
発売日:2011-02-04
価格:¥ 1,650