神懸かり的倒叙推理小説
内容(「BOOK」データベースより)
櫛森秀一は、湘南の高校に通う十七歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭の一家団欒を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前、再婚しすぐに別れた男、曾根だった。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを…。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。
古畑任三郎シリーズなどで有名な、犯人が予め分かった状態から始まる『倒叙もの』の小説。
かれこれ7年ぶりくらいに読むだろうか。再読してみたのだが。
今まで読んだ小説の中で最も面白かったのは、これだと胸を張って言える!
殺人が起こると言うのに、心が洗われる、愛に満ちあふれた作品だ。
結末は涙を流しそうになってしまった。
内容。
やむを得ず、完全犯罪を計画し実行することを考えている高校生の心情から始まり、ぐいぐいと引き込まれる。
一見無駄に思える受験勉強の具体的な内容(教科書の内容など)についても、完全犯罪に準えた解釈や、犯行へのヒントなどに通じるという計算された表現である点も、著者の筆力が窺える。
余談だが、本書で秀一が妹に教えた『割り算のもう一つの意味』について、納得がいってしまった。
本当に日本の教育の悪い部分を突かれた気分だ。
また、殺されても仕方のない人間のクズと思わせる曾根の悪行の数々はもちろんのことだが、彼と関わる家族たちの絶望感や、その曾根を完全犯罪で殺してしまおうと画策するシーンでの、現実逃避にも似た妄想でのストレス解消は、主人公の秀一だけでなく、読者にまで伝わってくる。
犯行の下準備段階の工夫については、あまりに精緻な描写すぎて、著者が実際に試したのではないかと思うほどだ。
(いや、本当に試したのかもしれない)
化学面での知識や主人公の美術作品、模造品の作成といった様々な仕掛けに、これでもかというほど丁寧な過程の説明が入る。
この通暁した専門性(取材力?)こそ著者の味であり、作品の説得力だと言える。
展開も手に汗を握るもので、仲の良い友人や妹も、完全犯罪においてはその付き合いが仇となる点ももどかしい。
思わぬミスを犯してしまうという倒叙ものではお決まりのパターンもあり、ページをめくる手が止まらない。
『犯行前→犯行→犯行後→逮捕まで』という単純な展開でない点も見逃せない。
そして何よりも読み応えがあるのは、やはり犯行に及んだ秀一の心理描写である。
完全犯罪を計画するところから、良心の呵責や、リスクとリターンの考慮、現実逃避と決断の狭間で揺れる気持ち、葛藤が幾度となく描かれ、殺人を犯すことの恐怖心をこれでもかというくらい書き連ねている。
ここに文章的展開的くどさは全く感じない。それくらい重いことなのだと思わされる。
そして、犯行に及んだ後の警察とのやり取り。実生活上の今まで感じなかった虚無感と悔恨。クラスメイトとの軋轢。また、人を殺したという実感が徐々に現実味を帯びてくる恐怖や罪悪感。刑事などから監視されているかもしれず、いつ逮捕されるかわからないストレス。すべてが襲いかかる。
ここまで読みどころを書いてしまうと「ネタバレじゃん」と言われるかもしれないけれど、未読の方はこの読者を引き込む力を是非体験して欲しい。
そして、感動の物語を見届けて欲しい。
評価:★★★★★
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